子守歌
彼は、他人が自分の絵を見たときに何を感じるかを、ずっと設計しつづけた。ただ、その「他人」は、ますますその場に現れにくくなっていった。
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F504 子守歌(オーギュスティーヌ・ルーラン) 1889 -
F505 子守歌(第三版) 1889 -
F506 子守歌(第二版) 1889 -
F507 子守歌(第四版) 1889 -
F508 子守歌(第一版) 1889
絵
五つの版。同じ母——オーギュスティーヌ・ルーラン——は緑の上着を着て、橙がかった赤い髪をしている。両手には揺りかごの紐があり、その先は画面外へ続く。装飾的な花柄の壁紙には緑、橙、ピンクが並ぶ。版ごとに色彩や細部は少しずつ異なり、同じ歌を繰り返し試すようだ。
手紙
1889年1月、テオへの手紙で、ゴーギャンとアイスランドの漁師の孤独について語り合ったことを振り返った。船室で《子守歌》を見た水夫が揺られる感覚を覚え、自分の子守歌を思い出すと想像した。続けて、緑の服を着て橙色の髪をした女性、緑の背景にピンクの花という画面を描写している。別の手紙では、色彩による小さな音楽の試みとも呼んだ。
場所
アルル。オーギュスティーヌ・ルーランは郵便配達夫ジョゼフの妻で、赤ん坊マルセルの母だった。《子守歌》の最初の一枚は負傷前に着手され、事故のため手が未完成のまま残った。退院後に描き直し、さらに複数の版を制作した。画面に赤ん坊はいない。彼女の手にある紐が、画面外の揺りかごを想像させる。
1888 年夏、Roulin 夫人は三人目の子 Marcelle を産んだ。彼は、揺りかごのそばで見守る彼女の像を描きたいと思った。
知られている版は五つある。1889 年 5 月初めに Theo へ送った一群にはそのうち四つが含まれ、5 月に Vincent は Gauguin と Bernard にそれぞれ渡すよう Theo へ提案した。《子守歌》を漁船の船室の奥に掛け、二枚の《ひまわり》の間に置く三連画を構想した。
Gauguin はすでにアルルを去っていた。三連画は、既存の画布を並べる提案と手紙のスケッチとして残る。
出来事の流れ
- 模写者 · Letter 739
1月21日、ゴーギャンへの手紙で、負傷のため手が未完成のままだったオーギュスティーヌの肖像を再び描き始めたと記した。
- 共感覚の物理精度 · Letter 739
同じ手紙で、絵をアイスランドの漁船に置けば、水夫がそこに子守歌を感じるかもしれないと想像した。
- 色彩実験者 · Letter 743
1月28日のテオ宛書簡で、緑の服、橙色の髪、緑の背景のピンクの花を記し、強い色を落ち着いた赤や緑が和らげると説明した。
- 共感覚の物理精度 · Letter 745
2月3日のテオ宛書簡で、《子守歌》には土地の色彩による小さな音楽の試みが「あるかもしれない」と述べ、絵そのものはうまく描けていないとも評した。
原文より
Et je crois que si on plaçait cette toile telle quelle dans un bateau de pêcheurs même d’Islande il y en aurait qui sentiraient là-dedans la berceuse. この絵をそのまま船に、たとえアイスランドの漁船に置いても、そこに子守歌を感じる人がいるだろう。
Une femme vêtue de vert à cheveux orangé se détâche contre un fond vert à fleurs roses. 緑の服を着た橙色の髪の女性が、ピンクの花のある緑の背景から浮かび上がる。
Peut etre dans la berceuse il y a un essai de petite musique de couleur d’ici 《子守歌》には、ここでの色彩による小さな音楽の試みがあるかもしれない。
書簡出典
このページで参照したゴッホの書簡番号。Van Gogh Letters Project へリンクします。 vangoghletters.org