1885-11 · アントワープ · 沈黙の結び

アントワープの美術学校

アントウェルペンでの暮らしは苦しかった。それでも彼は、金と注意を画材や版画、見る価値のあるものへ注ぎつづけた。

  1. フィンセント・ファン・ゴッホ、『火のついた煙草をくわえた骸骨』、1886、アントワープ
    F212 火のついた煙草をくわえた骸骨 1886

ニューネンは暗すぎ、狭すぎた。彼は、先へ進むには場所を変える必要があると分かっていた。アントウェルペンは通過点であり、目的地ではなかった。

彼は学院に入り、三か月のあいだ教師と何度も衝突した。教師は彼の素描の線が違うと言い、彼は自分のやり方で描きつづけた。同時に彼はアントウェルペンで日本版画を集めはじめ、これは授業よりも多くの時間を彼に費やさせた。

彼は Theo にパリで住む場所を用意するよう手紙を書き、そして Theo の予想よりも突然に、パリへ発った。

出来事の流れ

  1. 色彩実験者 · Letter 545

    ニューネンからアントワープに移る。波止場近くの安宿に泊まり、大都市の色彩環境にはじめて入る

  2. 翻訳者 · Letter 545

    蚤の市ではじめての日本版画を手に入れる。「いま日本版画のひとそろいを持っている——とても愉快だ。」

  3. 色彩実験者 · Letter 547

    美術館でルーベンスを見る。「ルーベンスを見た——非常に打たれた。」——肉体の赤、絹の光、血の色がはじめて彼に衝突した

  4. 模写者 · Letter 551

    アントワープ美術学校に入学。学院の規則に従って解剖標本と石膏像を描くよう求められる

  5. 色彩実験者 · Letter 555

    《火をつけた煙草を咥えた骸骨》を制作。学院課題への皮肉——解剖標本に煙草を一本足した

  6. 翻訳者 · Letter 556

    学院と衝突。「アカデミーには長くいられない——彼らは私に違う描き方を要求した。」

  7. 翻訳者 · Letter 557

    アントワープを離れパリへ、テオと同居することを決める。三ヶ月の都市経験——日本版画、ルーベンス、そしてアカデミーの天井

原文より

Ik heb nu een heele verzameling Japansche prenten — die mij veel plezier doen.

いま、日本版画の一揃いを持っている——それが、私をたいへん喜ばせている。

Letter 545
Op de academie heb ik het niet lang uitgehouden — ze wilden dat ik anders teekende dan ik deed.

アカデミーでは、長くは持ちこたえられなかった——彼らは、私の描き方とは別の描き方をしろと望んだ。

Letter 556
Ik heb Rubens gezien — en dat heeft mij zeer getroffen.

ルーベンスを見た——そして、それは私を強く打った。

Letter 547

書簡出典

このページで参照したゴッホの書簡番号。Van Gogh Letters Project へリンクします。 vangoghletters.org