1888-03 · アルル · 意図の結び

花咲く果樹園

アルルで最もよい時期を、彼自身も感じていた。だが、それを何と呼ぶのかを知らなかった。

  1. フィンセント・ファン・ゴッホ、『桃色の桃の木(マウフの思い出)』、1888、アルル
    F394 桃色の桃の木(マウフの思い出) 1888
  2. フィンセント・ファン・ゴッホ、『白い果樹園』、1888、アルル
    F403 白い果樹園 1888
  3. フィンセント・ファン・ゴッホ、『花咲く小さな梨の木』、1888、アルル
    F405 花咲く小さな梨の木 1888
  4. フィンセント・ファン・ゴッホ、『花咲く杏の果樹園』、1888、アルル
    F553 花咲く杏の果樹園 1888

絵

1888年春、ゴッホはアルルの花咲く果樹園を繰り返し描いた。ここにあるのは《桃色の桃の木(マウフの思い出)》F394、《白い果樹園》F403、《花咲く小さな梨の木》F405、《花咲く杏の果樹園》F553。画面の形も重要だった。縦長の梨の木を、杏の果樹園を含む横長の絵と組み合わせて掛ける計画があった。

手紙

1888年4月1日頃の手紙591で、ゴッホはF394の献辞を説明し、マウフ夫人に絵を贈る計画を伝えた。手紙592には開花に促された仕事への熱中が記され、4月13日頃の手紙597では複数の画面をどう組み合わせるかを考えている。マウフへの追悼は一枚の桃の絵に属し、連作全体への献辞ではない。

場所

アルル郊外の果樹園。手紙596には黄色い葦の垣根、ミストラルを防ぐ囲い、暗い糸杉、異なる緑の野菜畑が登場する。南方の土地への観察は花だけでなく、果樹園の境界や地面の色にも向けられていた。

彼は 1888 年 2 月にアルルに着き、雪の中で列車を降り、何も見知らぬものばかりだった。着いてまもなく、彼はこの地を日本と結びつける。澄んだ空気、明るい色、版画の中の青と緑のような水面(letter 587、Bernard 宛)。

三月、果樹園が花を咲かせ、彼は毎日出かけて描いた。一日に一枚、あるいは二枚。花咲く果樹園は単なる春ではない。南国が自分の目を鍛え直せると、彼がはじめて信じた瞬間だ。

数か月後、彼は Wil に書く(letter 626)。自分は仕事しか残らない機械になってしまうかもしれない、絵を描くこと以外、生活の他の部分に向かなくなり、関心も失ってしまうかもしれない、と。これは仕事が止まることへの恐れではない。仕事が生活から何を締め出すかへの恐れだった。

出来事の流れ

  1. 模写者 · Letter 591

    4月1日頃の手紙で、桃の絵F394をマウフに捧げ、兄弟二人の名でマウフ夫人に贈る計画を伝える。

  2. 色彩実験者 · Letter 592

    4月3日頃、果樹が咲いているため仕事に熱中し、喜びに満ちたプロヴァンスの果樹園を描きたいとテオに伝える。

  3. 翻訳者 · Letter 596

    4月12日頃、現場で本質的な輪郭を捉え、簡略化した紫・青・緑の色調で満たす方法をベルナールに説明する。

  4. 共感覚の物理精度 · Letter 597

    4月13日頃、小さな梨の木の紫の幹、白い花、黄色い蝶を記し、この縦画を二枚の横長の果樹園画と組み合わせる計画を伝える。

原文より

je suis dans une rage de travail puisque les arbres sont en fleurs et que je voulais faire un verger de Provence d’une gaieté monstre

仕事の熱狂のさなかにいる——樹が花を咲かせているからだ。プロヴァンスの果樹園を、ものすごい喜びに満ちた一枚として描きたかった。

Letter 592
Actuellement je suis pris par les arbres fruitiers en fleur

今は花咲く果樹に没頭している。

Letter 596
Le petit poirier a un tronc violet et des fleurs blanches

小さな梨の木には紫の幹と白い花がある。

Letter 597

書簡出典

このページで参照したゴッホの書簡番号。Van Gogh Letters Project へリンクします。 vangoghletters.org